天馬を描く画家、葉醉白大師。
自らの美術舘を見ることなく天馬となって永久の旅へ．．． 1999年4月、享年90歳。

天馬-大師はかつて奇才の将軍と謳われた軍人です。もの言わぬ戦士として
共に戦う軍馬に魅せられた大師が本格的に創作を開始したのは軍を退役後の51歳から。
16年に及ぶ戦場での体験と、その後の世界各国での文化活動で得た体験を転化創造し、
誰もが想像だにしなかった数々の名作で「東洋画壇の聖者」とも称されました。

大師は、孔子の「名馬はその力を称せず、その徳を称すなり」という説を崇拝し
「忠（忠誠）・義（正義）・廉（廉潔）・智（知恵）・仁（慈愛）・勇（勇気） ・真（真実）・善（善行）・美（美しさ）・行（実行）」

という十の崇高な徳を持った馬の姿を借り、文明や経済の発達で失った人としての品格や道徳を訴えていたのです。
天馬画の黒痕は大師の思い（思想）の迸りであり、天馬は正しく大師そのものにほかなりません。
大師は馬で戦場を駆けた時代の生き証人でした。
駆ける群馬の構図は（無意識に）孫子の兵法に基ずいて描かれ、知将と謳われた大師の実践が息ずくもの。
馬を描く画家は世界に数多しといえども、大師のような存在は唯一無二でありましょう。
また、書画同源とされる中国で幼少から嗜んだ大師の書は中国の大画家張大千から最大の賛辞を贈られたほどです。
こうした画業を保存し、後世に伝えることこそ大師を師と仰ぐ私の使命であると考えました。

「なぜこのような田舎に美術舘を」という質問に、私は大師がよく話してくれた言葉
「無我有為」（我のためでなく、社会のために為す）を以って答えとしています。
今日のような経済優先の世に取り残された地域は、画一的な開発か過疎化を選ぶしかなく、
大師が過ごした台湾を含め、発展途上にあるアジア各国も同様です。しかし、経済的な豊かさのみならず、自然、
文化、伝統と共生してこそ真の豊かさがあるとすれば、それを守り伝えることが人としての義務ではないでしょうか。
　
この天馬美術舘が地域の活性化の一風となり、またアジア文化の保存･継承の拠点となることを願い、
敢えてこの’田舎’に私の「無我有為」を実現した次第です。「信あるところに全ての道は開ける」を信じて。

天馬美術舘には葉醉白大師の代表作品であり、また20世紀の宝と称賛された「天馬長城」をはじめ
とする数多くの作品を展示し、躍動感と思慮に溢れた「天馬画」と「書」の世界を一人でも多くの方に
ご覧いただきたいと願っております。

そして、葉醉白大師が残していった愛馬と共に「馬徳」をもって「人としての品格」を
説いた大師の教えを広く世界に伝えたいと思っております。

1999年5月25日
天馬美術舘舘長
藤野 一茂